音偽譚

創作

【SS】とあるカップルのインタビュー

「頼んでおいたアレ、やってくれた?」
「なんのこと?」
「えっ。昨日貴方にお願いしておいたでしょう。」
「記憶にない。俺が忘れてしまうの、知ってるだろ。」
いいんですか?
「いいんです、私が彼の記憶に残らないことしか言えなかったのが悪いのです。」


「懐かしいね、去年ここに来たわね。」
「誰かと間違えてるんじゃないの?俺は覚えてない。」
「違うわ、確かに貴方とここに来てるわよ。ほら、アレを買ったでしょう?」
「…そう言われてみればそうだったかもしれない。昔のことは思い出せないんだ。」
「ええわかってるわ、気にしないでね。」
いいんですか?
「いいんです、私があの人の分までしっかり覚えておいて、時々思い出させてあげられれば。」


「どうしてわかってくれないんだ!どうせ俺の気持ちなんてお前にはわからない!」
「私には完璧に貴方の気持ちはわからないわ、同じ人間ではないから。でも貴方がどう感じているか聞かせて頂戴。いつまでも黙って聞くわ。」
「…。…あのさ…俺はね......…」
いいんですか?
「いいんです、あの人には私しかいませんから。私があの人の気持ちをこうして少しずつ勉強していけばいいだけです。」

「俺のことはもう放っておいてくれ!もう顔も見たくない!」
「暫くそっとしておきます。でももう少ししたら貴方の好きな紅茶をいれてまた戻ってくるから、その時ゆっくり話し合いましょうね。」
「うるさい!早く出ていけ!」
いいんですか?
「いいんです、あの人の頭に血が上っている時は変に刺激してはいけないんです。少し1人にさせてあげたら、また私に笑顔を見せてくれます。」


「寂しいような、泣きたいような、惨めなような。俺はもう俺のことがわからないよ…。」
「わからなくなってしまったなら、一緒に探そう?急がなくてもいいのよ。貴方が貴方を見つけられなくても、見つけても、どの道私は貴方といるわ。」
「口だけならなんとでも言えるよな。俺はもう何も信じられないよ。」
いいんですか?
「いいんです、これからも私が行動で示していけば彼も私を信頼してくれる、安心してくれる。数年後には、なんて思っていません。数十年、あるいは死ぬ直前までかけて彼を支えていきます。」


貴女は我慢ばかりしていませんか?
「時には我慢もします。でも、彼も私のことで幾つも我慢をしているでしょう。お互い様です。なにより、私は彼といたいのです。彼の為に出来ることはなんでもしたい。喜んで耐えたい。愛とは、どれだけ相手が好きかではないのです。」


彼に振り回されることに疲れませんか?
「そんな時は、彼をペットだと思えばいいのです。ペットには、言葉が通じないし思うように行動してくれなくて当たり前。こちらが何度も躾をしたり、触れ合ったり、気持ちを読み取ろうとしたりして信頼関係を築いてこそ絆が生まれるものです。そしてペットは蔑称ではありません。大切な家族と成り得る存在です。」


彼が貴女のことで1番嫌だと思っていることはなんだと思いますか?
「そうですね、時に私が彼を慮れない時でしょうか。私も人間ですから、感情に流されてしまうこともあります。でも必ず何度も自分に非が無かったかを考えます。すると、どんな些細なことでも1つ2つあるものです。その点を、私から先に、彼に具体的に話して謝ってしまいます。すると彼も意地を張らずに素直になってくれます。」


最後に、長続きのコツを教えてください。
「徐々に相手を洗脳しやすい性格に変化させていくことです。私がいないとダメな人にしてしまえばいいんです。私が如何に彼にとって大切かを、日々刷り込むよう言動に気を付けていきます。その為だけに心理学書を読み漁り独学で勉強しました。彼を私の元に縛り付けておけるならどんな努力も惜しくありませんから。」


聖母のような、素晴らしく献身的な愛を見せていただきました。有難うございました。
「いえいえ。またいつでも。」
そういって彼女は虚ろな目で理想を語ってくれた。